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余呉の天女

  • Day:2020.08.19 06:30
  • Cat:自然
この日の目的地の余呉湖。
下調べも何もせず、地図を頼りに何とか到着。
基本的にナビは使わず、地図派です(笑)。










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悪性腫瘍のため、昭和50年に35歳で亡くなった、日本画家の三橋節子さん。
今年の春先に大津の美術館で、その作品を初めて鑑賞していました。
右腕を切断しても、絵筆を左手に持ち替えて、
限られた時間の中で、琵琶湖周辺の伝説をテーマに、
死を予感したような哀しい色、でも温かみのある作品を遺しておられます。
こちらが最後の作品となった「余呉の天女」。

亡くなる少し前に、幼い子供たちとともに家族で旅行したのが、
この余呉湖だったそうです。

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梅原猛 『湖の伝説』 の口絵より


梅原猛先生の『湖の伝説』という本を、学生時代に古本屋で買い、
この画家さんのことを知りました。
以来、「余呉湖」という名前の響きが、ずっと心に引っかかっていました。

それからウン十年。
実際に来てみると、どうということもない、ごく普通の小さな湖(笑)
湖畔のたたずまいも、年月を経てずいぶん変わているのかな。
でも、静かな湖面を眺めながら、画家さんはこの場にたたずんで
(体を起こしているのもしんどかったのかもしれないけど、)
どんな気持ちで最後の作品のイメージを構想していたんだろうな、
などと考えていました。

yogo-19.jpg
lake yogo, shiga

Comment

羽衣伝説は
 なんとなく、羽衣伝説は、本来白鳥の渡りの見られる地で伝えられるべきと思っておりますが、日本では、いや関東・東京では、と限定すべきかもしれませんが、静岡・三保の松原の天女の方が有名になっております。まあ、身びいきに考えれば、間氷期に近い江戸期には駿河の地でも白鳥の渡来が見られたかもしれませんし、富士五湖ならずとも、京の巨椋池のように、近代まであった湖沼・ため池の類は埋め立てられたようですから、小さな池は農業の衰退するまで各地にあったはずですし、富士の火山灰地の台地では貴重な水を確保する施設はあったかもしれませんが。でも、これだけ肯定説を広げても、やはり白鳥伝説はカスピ海、バイカル湖を経てウラルや大興安嶺をめぐり、渤海や白頭山を越えて雪の少ない(それでも多いが)日本に来た民たちが伝えた伝説の方がより響き強く感じられますよね。白鳥の湖と天女伝説は、実は同じ昔話だったと言う方がチャイコフスキーの情景も身近になることでしょう。
 さて、余呉や大津では三橋さん、もう昔の自分語りですが、図書館にいたときに児童室を担当して、若かった日ですから、知られていない絵本や作家を室内展示をしていました。丸木さんの絵本とか、国芳の猫絵とか若気のまま小さな子たちに見せていました。三橋さんの題名はもう忘れてしまいましたが、「雷の落ちない村」だったかも読み聞かせをしました。しかしながら、異動時までに気が付いたことは、子どもたちが喜んでみてくれるのは、教えたりしなくともわかる、ミッフィのような絵本だったんですがねぇ。難しいと思いました。
  • 2020/08/19 08:14
  • さぶちゃん大魔王
  • URL
さぶちゃん大魔王 さん
コメントありがとうこざいます^^

図書館時代のよいお話と、羽衣伝説のロマンのあるお話を
ありがとうございます。
本好きにとっては、図書館でのお仕事なんて、羨ましい限りです。
などと言っても、私は本を読むようになったのは、
大人になってからでして。全く本を読まない子供でした(笑)

書いていらっしゃるように、大人の思いと子供の興味とは、
なかなか一致することはありませんね。
何事も、その人その人の時期というものがあるのでしょうね。
  • 2020/08/19 23:00
  • ta-ra
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